その名前、正しく読めますか?――翻訳者が支える”正確さ”と”信頼”の舞台裏
- 日英翻訳スタッフ
- 8月4日
- 読了時間: 4分

近年の技術革新により、翻訳の世界にもAIや機械翻訳が急速に普及してきました。「言葉を訳す」ことだけにフォーカスすれば、それらの性能は目覚ましいものがあります。しかし、私たち人間の翻訳者には、AIにはできない「情報の裏を読み、確認し、文脈と背景を汲み取る」という力があります。
翻訳者に立ちはだかる漢字の壁――字に潜む複数の正解
戸籍謄本や住民票の翻訳に携わっていると、最初に立ちはだかる壁が「氏名や地名の読み方」。日本語の漢字表記は、同じ字でも異なる読み方が存在することも少なくありません。「○田」さんは「○タ」なのか「○ダ」なのか?「△町」は「△チョウ」なのか「△マチ」なのか?私たちは常に確かな根拠に基づいて確認を行います。
最近、戸籍謄本にフリガナが記載されるようになったという朗報もありますが、それはほんの一部。多くの公文書や企業パンフレットなどには、氏名の読み方が記されておらず、確認には骨が折れます。関係機関のホームページを調べても、記載は漢字のみ。しかも、企業や団体の場合、代表者名ならまだ情報が得られる可能性がありますが、担当者名となるとお手上げ…そんな場面に何度も直面してきました。

なぜここまで確認が必要なのか
翻訳において「名前を誤る」ことは、致命的なミスになりかねません。それは本人の尊厳や信用に関わるだけでなく、場合によっては取引先との信頼関係にまで影響を及ぼす可能性があります。私自身も、よく読み間違えられる苗字を持っています。「珍しい名前ですね」と覚えていただけるという利点もありますが、何度訂正しても誤った読み方のまま思い込まれてしまう方もいて、複雑な気持ちになることがあります。
氏名のみならず、企業名や団体名の英語表記も重要な確認事項です。「株式会社」を「Inc.」とするか、「Co., Ltd.」とするか?「○○協会」は「Association」なのか「Institute」なのか?さらには、名称に「開発」や「技術」等の語句を含む場合、それらを英訳しているのか、それともローマ字で「KAIHATSU」「GIJUTSU」と表記しているのか。企業によって方針は様々であり、安易な判断は禁物です。また、既存の英訳文書がある場合は、それとの整合性を確認することも重要です。
さらに、場合によっては「正式な英語名称がまだ決定していない」こともあるかもしれません。そうした際には、“勝手に”翻訳してそのまま提出するのではなく、企業側と相談しながら決定する、あるいはこちらの提案を確認してもらうなど、連携と配慮が求められます。

地名や建物名――迷わせない翻訳
上述の企業パンフレット等の翻訳の場合、所在地情報やアクセスマップに記載されている地名や駅名、建物の名称も見逃せません。
弊社の拠点がある京都の「烏丸御池(からすまおいけ)」駅は、「Karasuma Oike」なのか「Karasuma-Oike」なのか、表記に揺らぎが生じやすい代表的な事例です。「烏丸御池」は、「烏丸通」と「御池通」が交差する地点に位置していますが、その背景知識がなければ、「Karasumaoike」と記載してしまう可能性もあります。こうした場合には、該当する交通事業者の正式な表記を確認し、正確な情報の記載に努めることが重要です。
目印となる建物や通りの英語名称についても、看板や道路標識の表記と一致させるよう事前に調査・確認を行い、訪れる方が道に迷わないよう配慮しています。

AI翻訳との違いとは?
AIは辞書的な意味に基づいて言葉を処理します。もちろん、素早く大量の文を訳すには非常に便利です。しかし、AIは人名の読み方や、企業の英語表記を「確認する」ことができません。機械には「違和感」や「疑問」が生まれません。だからこそ、名前も地名も、企業名も、看板も、人間の手で確認する必要があるのです。
ひと手間の先にある、信頼と価値
私たち翻訳者の仕事とは、言葉だけでなく背景にある文化や人の思いをも丁寧に読み取り、確実に訳すこと。「こんな些細な部分まで?」と感じられるかもしれません。でも、その“些細な確認”こそがプロフェッショナルの証です。
AI翻訳では拾えない、読み方、名称、表記のニュアンス——私たちはそのひとつひとつに、こだわりと誇りを持って取り組んでいます。そしてその積み重ねこそが、信頼と価値につながるのです。
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