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「食」のオノマトペを翻訳する


みなさん、ラーメンはお好きですか?


モチモチの麺に絡むスープ。トッピングはシャキシャキのもやしや、トロットロの半熟卵など。パラパラごはんのチャーハンとセットにするのもいいですね。サイドメニューは、外はパリッと、中はジューシーなギョーザなんてどうでしょう?


モチモチ、シャキシャキ、パリパリ…。美味しそうですね。このような言葉は「オノマトペ(擬態語、擬音語)」と言います。オノマトペを使った文章は、読み手(聞き手)にイメージを喚起させやすく、情景や雰囲気が伝わりやすくなります。オノマトペは食べ物に関するものだけではありません。例えば、雨が「ポツポツ降る」か、「ザーザー降る」かによって、想像する景色が変わってきます。また、「テクテク歩く」か、「トボトボ歩く」かで、歩いている人の感情がイメージしやすくなるでしょう。ドーンとかバキッ、ジャーンなど、より実際の音に近い効果音的なオノマトペは、漫画などの世界でもお馴染みですね。


上でご紹介した、このような「食」にまつわるオノマトペは日本語では多用されますが、英語ではあまり使われません。では、オノマトペを含んだ文章を英訳するときはどうすればいいでしょうか?



京あはせでは、レストランのメニューやグルメ記事などの翻訳を請け負うことがあります。前述のように、日本語で紹介される食べ物の説明文にはオノマトペが満載で、そして翻訳者を悩ませ続けています。


例えば、「モチモチ」を辞書で引くと「sticky」や「springy」という英単語が出てきます。でも、「sticky」には「ネバネバ」という意味もあるので、麺というより納豆のようなイメージが強くなってしまいます。「springy」は「弾力がある」という意味ですが、バネのような弾み方を指す場合が多いので、これもラーメンのイメージではないでしょう。そこで、京あはせでは、いろいろと考えた結果、この文章の「モチモチ」は「chewy and sticky」と翻訳することにしました。先述の通り「sticky」だけではネバネバしたイメージですが、歯応えがあることを意味する「chewy」を補足することで、パスタで言うところのアルデンテのようなイメージが湧きます。このように、一つの日本語のオノマトペを、二つ以上の英単語を重ねて翻訳することができます。


ただし、同じ「モチモチ」でも食材が変わればイメージする「モチモチ」も変わります。例えば、麺類の「モチモチ」とお団子の「モチモチ」、パンの「モチモチ」は、まったく異なる「モチモチ」感です。従ってこうした場合、英語では別の表現を使用しなくてはなりません。例えば、お団子ならば麺類よりはネバネバしているし、弾力もあるので、先述の用語を使って「sticky and springy」でもいいかもしれません。パンの場合はネバネバではないので、「soft and fluffy」などと訳せば、弾力のあるフカフカした柔らかさが表現できるでしょう。


では、「シャキシャキ」や「パリパリ」はどうでしょうか?食べ物を嚙んだ時の食感は、日本語では「シャキシャキ」や「パリパリ」、「サクサク」、「カリカリ」、「ボリボリ」などいろいろありますが、英語では「crispy」や「crunchy」くらいで、あまり候補がありません。上述の「chewy and sticky」のように食べ物のイメージを表現する他の用語と重ねたり(「soft and crispy」、「fresh and crunchy」など)、調理方法を補足したり(「crispy fried」など)、食材や料理も考慮して翻訳する必要があります。


レストランのメニューやグルメ記事の翻訳では、そのレストランに行きたくなるような、その料理を食べたくなるような表現をすることが鉄則です。従って、「このオノマトペの英訳には、この単語!」という画一的な訳し方ではなく、つねに文脈に応じた適切な表現を考えることが大切です。


実際に料理を食べたり、せめて写真が見られたりすると味が実感できて、こうした表現のアイデアも浮かびやすいのですが、残念ながらお仕事上、なかなかそういう美味しい展開にはなりません。むしろ、これまで味わったことのない料理を、言葉(文字)だけで表現しないといけないケースの方が多いです。だからこそ、原文を書いたライターやクライアントの想い、伝えたい「味」や「食感」をきちんと伝えるためには、想像力と創造力が問われます。大変な作業ですが楽しくもあります。


一方、こうした食感に関する表現は人の主観によるものです。味覚ももちろん、人によって異なるので、私が「モチモチ」と思ったラーメンを「シコシコ」、あるいは「ツルツル」だと感じる人もいるでしょう。次にお食事をされる際には、ぜひ一度、自分ならどう表現するかな、と考えながら味わってみてください。


食べ物について語っていたらお腹が空いてきました。そろそろ「研究」を兼ねて食事にいってきます。


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